世界の果てでダンドゥット

ダンドゥットは今、現在が一番おもしろいぞ!

Mendadak Dangdut 2006年インドネシア映画。異議あり!

かなり話題になった映画で、どれほど権威があるのか公正なのか不明だが、いくつかの賞を獲っている。さらに今年2025年リメークが公開された。少なくとも、人知られず埋もれてしまったB級作品ではないわけだ。

警官から逃げるシーン

主演のダンドゥット歌手ペトリス役はTiti Kamal、1981年ジャカルタ生まれ、ということは、撮影当時25歳前後ってことになる。姉妹(姉?)でマネージャーのユリア役はKinaryosihという方で1979年ジャカルタ生まれ。

予告編

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全編が英語字幕付きで観られたので、意を決して観てみた。

Mendadak Dangdut (2006) | HD Movie | English Subtitles

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すごい低予算で、なんか都合のいいストーリー。

ペトリスは、人気のシンガー・ソングライターで、ラジオ番組でリスナーの質問に応えるのが冒頭シーン。現在の人気にうんざりしている様子が描かれる。マネージャーは姉のユリア。番組が終わって、車(姉が運転)で帰るのだが、姉のボーイフレンドのチャラい男も同乗する。

さて、ここからストーリーが飛躍する。警察の検問に引っかかるのだが、男は後部座席からこっそり抜け出す。あとに残したのが、ヘロインの入ったバッグ。姉妹はヘロイン所持容疑で拘束される。

翌日(?)護送途中に二人は脱走(そんなうまくいくか?)走って逃げて、見知らぬカンポンに紛れ込む。そこでダンドゥット・ライブが始まる直前で、観衆が集まっている。ダンドゥット歌手とマネージャー兼ミュージシャンの男が言い争いをしていて、歌手が帰ってしまう。歌手のいないステージへ大急ぎでペトリスを上げ、なんとかその場をしのぐ。

このライブは前項で書いたOrgen Tunggal、キーボード一台だけのバンドである。予算の都合上ミュージシャンを大勢使うのは無理だったのか?だいたい、歌手が一人だけの興行というのも不自然で、たいてい3人はいるし、男の歌手もいるのが標準だ。

さて、マネージャー兼ミュージシャンの男リザル(Dwi Sasono1980年生まれ)の好意により、寝る場所と食事を得て、そこで暮らすことになる。そして、ダンドゥット歌手として生活費をかせぐ、という話になる。カンポンは都会の場末で、まわりは貧しい住民ばかりだ。

さて、ダンドゥット歌手として、歌唱の指導を受けたあと、自作曲を作る。そのレパートリーで、各地をドサ回り営業する。しだいに人気が出る。この間に姉と妹の感情の行き違いなどがあるが、なんとか収まる。この姉妹の絆が映画のテーマの一つである。

近所の老人の苦境を救うためチャリティ・イベントを計画し、大勢の観衆を集める。そんな状態から警察の目に触れる。カンポンへ警官が現れた時、二人は逃げる。今回はとても逃げ切れず、姉を逃がしてペトリスは捕まる。

警察で取り調べを受け、姉ユリアも拘束されたことを知る。さらに、あのチャラいボーイフレンドはバタム島で捕まり、ヘロイン所持容疑を認めていた。

そういうわけで、二人の容疑は晴れ、メデタシメデタシ。

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脚本を書いたMonty Tiwaは1976年ジャカルタ生まれ。USAカンザス州の大学を出たあと、Trans TV、 RCTI、MNC といった全国ネットテレビで、ディレクターをしていた人。00年代から映画関係の仕事が多数あり。おもに脚本の仕事。

設定・ストーリーでヘンなところがたくさんある。

カンポンに落ち着いたあと、ペトリスはベテラン歌手から歌唱指導を受けるのだが、ダンドゥット歌手がそんなまだるっこしい練習なんかするか?みんな子ども時代から聴いて、自己流で歌っているのだ。第一、歌手のボーカルなんて、観衆はそんなに気にしないって。

オリジナル曲を作るというのも、ヘンだ。観衆が聴きたいのは、まず現在ヒットしている歌であり、誰でも知っているスタンダード曲だ。このブログで紹介しているように、何でも歌えるのがダンドゥット歌手の条件で、自分の持ち歌なんてものは、かなりのスター歌手にもない。

はっきり言って、これはジャカルタのマス・メディア界が頭の中で考えた

異世界転生ストーリーじゃねえか?

かなりセリフの多い映画で、ダンドゥットを巡るいろいろなステレオ・タイプが話されるのだが、そのへんもヘンだ。いや、はっきり言って間違っている。

「ダンドゥットは民衆の音楽」「貧しい者たちの娯楽」「庶民の本音を表現したもの」ウンヌンカンウンという偏見は00年代だと完全に過去のものだ。ジャカルタのテレビ界で活動していた人が知らないわけはない、と思うのだけど。

いや、以上のステレオ・タイプは1970年代~80年代にでっち上げられたもので、ずっと前からポップ・インドネシアとダンドゥットは聴衆も区別せず、ミュージシャンの人脈も交叉していた。

ファン層、聴衆で言えば、ダンドゥットが特に低収入の階層に聞かれたわけではない。1970年代のほんとうの下層民は、音楽を楽しむ余裕なんかなかっただろう。

「ダンドゥットは聴衆を楽しませるもの」というフレーズも、おかしな表現である。デス・メタルだろうがパンク・ロックだろうが、さらにジャズやイスラム宗教歌も、みんな聴衆を楽しませるポップ・ミュージックであるのだけど。

以上のような、ダンドゥットを巡る間違った認識は、英語圏の音楽を生カジリしたインテリ層・ジャーナリズムが作ったような気がするが、そこまで突っ込むと話が長くなりすぎるので、止める。

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このブログで、いろいろ紹介しているように、現在のダンドゥット・ミュージシャンは、さまざまなジャンルの音楽の影響を受け、人脈の交流も多い。外国のものも融通無礙に採用・借用・改変・土着化している。いや、現在ではなく、ずっと以前からだと推測されるのだが、具体的に検証するのは、わたしの手に余る。すまん。

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と、文句つけたが、劇中で歌われるナンバーはけっこういい。作詞作曲は脚本を書いたMonty Tiwa、全曲インドネシア語。ほんとにこの人が自分で作ったのか疑惑が湧くけど。ミュージシャンのクレジットが見つからない。

なお、歌以外の劇中音楽を作曲したのはAndi Riantoという方。1972年生まれ、南東パプア州の州都ソロン出身。USAのバークリー音楽院卒業。テレビドラマや映画音楽作品多数あり。この人がアレンジしたのかなあ??ちょっと判断できない。

Titi Kamal自身による歌で、けっこういいじゃないか。

Mendadak Dangdut (Original Motion Picture Soundtrack)
1/10 

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2025年リメーク版については、そのうち。