世界の果てでダンドゥット

ダンドゥットは今、現在が一番おもしろいぞ!

今年(2023年)はヒップホップ誕生50周年であるそうだ

いつの間に、1973年がヒップホップ誕生の年になったんだよ~?

ニューヨークのブロンクスで、ジャマイカからの移民DJ Kool Hercが始めたのが起源として定説になっているだってよ。100人ぐらいの顔見知りの間の話であるよね。

昔はヒップホップのヒットは次のものが最初って思っていたんだけど。イントロは、ニューオリンズのセカンド・ビートで始まるのだ。

Sugarhill Gang – Rapper's Delight
Label:    Sugar Hill Records – SH-542
Format:    Vinyl, 12", 33 ⅓ RPM  Released:    1979

The Sugar Hill Gang - Rapper's Delight ( HQ, Full Version )

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ヒップホップという名称が生まれるずっと前から、ラップ調の歌があった、というBBCの記事

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ジャマイカの事情を知っている、というか遡ってジャマイカの音楽事情を知ったレゲエ・ファンにしたら、ヒップホップの要素なんて、み~んなジャマイカにあったぞ~!と言いたくなる。ブロンクスのコミュニティだってジャマイカ移民が中心だったんだぞ。

イロモノ、お笑い系の代表Prince Busterのマッチョ・ソング。この頃はジャマイカのパトワじゃなくて標準的な英語なので、けっこう聞き取れます。

Prince Buster - Ten Commandments of Man 
Blue Beat – 45/BB 334 1965年

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ただ、やはり世界中に広まるには、USAが発信地にならないとダメなわけで、レゲエ・ファンが悔しがっても、歴史は変わらない。それに、ジャマイカ音楽自体が、USAのニューオリンズ、シカゴやデトロイト、ニューヨーク発のものに深く深く影響を受けているしね。

ヒップホップの手法が、(USAの大部分も含め)世界中に広まるのはやはり1980年代で、各地でポップ・ソングやダンス・ミュージックに取り入れられ、イロモノじゃなく革新的な手法となっていった。さらに、あまりにも高度な手法、高額の制作費が必要なビデオ、マニアでないと判らないニュアンスなど、袋小路にはまり込む状況も生んでしまったよね。シロートの遊び半分のイロモノという可能性が無くなっていったのじゃないでしょうか。

そしてないより、やっぱり英語以外の言語でのラップってのはキツイわけで、さまざまな言語圏でヒップホップ/ラップを土着化する試みがあったけれど、結局、早口ソング、シャウト、モゴモゴつぶやく歌い方にしかならないね。

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それで、日本のラップ/ヒップホップだけど、リズムをUSAのヒップホップにすると、日本語のラップが聞き取れないのだ。歌詞カードを見てじっくり聴くと判るかもしれないが、そういう物じゃないでしょう。自然に耳に入ってこなきゃ、メッセージもシャレも通じないでしょう。

ラップの話になると、必ず出てくる「俺ら東京さ行ぐだ」、これは確かに歌詞が判る、メッセージもシャレも判る。ただし、わたしはこの歌、好きじゃないのだよ。吉幾三の生年は1952年で、わたしより1歳上、オフィシャル・サイトによれば、出身地:北津軽郡金木町大字嘉瀬字畑中(現、青森県五所川原市)で、津軽方言地域のはずだが、このラップも歌も、バーチャル方言で、ぜんぜん津軽弁じゃないのだよ。ちなみに、わたしは秋田県生まれだけど、津軽方言と秋田方言の境界地域なので、津軽方言はかなり判別できる。

吉 幾三「俺ら東京さ行ぐだ」【ビデオシネマ「俺ら東京さ行ぐだ~純情編~」より】

俺ら東京さ行ぐだ1984年11月25日発売 作詞/作曲:吉幾三  編曲:野村豊

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こんな感じのラップ・パートを入れた歌はインドネシアのダンドゥットにいっぱいある。ある、と言うより2010年代の主流と言っていいくらい。前項で紹介したAku Cah Kerjoはその代表で、次項で最近のカバーを紹介。